社会のシンボルへと

社会のシンボルへと

社会運動の象徴とした時代から

ロックという音楽がコレまでに類を見ないような変化をもたらすことになり、更にロックを利用することで社会が行っている理不尽な行いに対しての糾弾という手段として利用されるようになっていった。ただそうした変化は本来のロックミュージックのあり方を根本的に否定するような動きへと巻き込まれていくこととなる。というより、巻き込まれるように仕組まれたといってもいいかもしれない。誰というわけでは無い、初めからそうした流れになるのは目に見えていたのかもしれない。ロックミュージックという、それこそアンダーグラウンド的なものとして扱われていた音楽ジャンルがプレスリーにビートルズといった世界的に有名な歌手を輩出してしまったことで、それまで当然のように抱かれていたロックという音楽はその本質を見失うこととなる。

どうしてか、それはロックという文化を愛する人が多くなれば多くなるほど、求める人に応じて収益という名の社会的な金銭へと興味関心は還元されていってしまうからだ。プロテスト・ソングというある特定の社会的批判を織り交ぜた内容の曲であっても、それはあくまで文化の延長線上で描かれた内容であり、娯楽の1つという定義から逸脱していなかった。政治色こそ付きまとっていたが。人によってはそうした部分を気にするようなことでもないという人もいるはず、そうなると反逆という名の行為を促す象徴だったロックの意味が、根底から否定されることとなる。

歌い上げている歌手たちもそんな展開を望んでいた人は少なかったはず、だが一度世間から歌の評価を受ければ認められ、それまでの暮らしとは無縁の贅沢極まりない生活を送れるようになれば、目先の現実に飛びつくのはやむを得ない。そういう意味でプレスリーが築いた『アメリカンドリーム』という名の希望は、ロックという絶望の中から見出す反逆行為を悪い意味で削ぐこととなってしまい、またそれによってそれまで当然のように存在していたロックが根本から変化して行くようになってしまった。


ロックの老生

ジョン・レノンが残した言葉である『ロックは死んだ』、コレが意味するのは社会的にロックという音楽があまりに世界から多大な評価を受けるようになってしまったことで、それまであらゆる面からの攻撃を行う事が可能だった文化は、いつしか縮小の一途を辿ることとなる。これには世界的に戦争からの復興と技術革新という社会的背景が絡んでいるだろう。特にこの頃の日本は驚異的なスピードで復興を果たしたことで『東洋の奇跡』などといわれるまでに、先進国の仲間入りを果たした。それと同じ頃のアメリカもまたコレまで見た事のなかった技術の開発、新しい生産ラインの確保といった流れが形成されていったことで、貧困に苦しむ人達は確かに存在していたが、それでもとりわけ豊かさに携わる人々が増えていったことも、関係しているだろう。

1970年代はニクソンショックといった金融危機が突如として発生するなど、社会に大きなダメージを与えるような出来事も起こるなどして相変わらずの混迷期を迎えていたが、それでもほんの20数年前までと比べたら、経済などの影響も異なっている。むしろその世代、50年ごろにプレスリーの音楽を聴いていた人々からすれば、まだ70年代は至って平和な時代だったといえるはず。そうなればかつてあれだけ社会に対して反発した意識を持っていたにも関わらず、その意志を見せなくなったのは若気の至りという部分もあったのかもしれない。次の世代となる60年代ではビートルズを始めとしたイギリスによって改良されたロックミュージックでは、50年代のロックとはかけ離れたものだと断言してもいいだろう。ビートルズたちが歌い上げるものの中には、元祖ロックたる音楽もあったがそれでも親しまれるのは至って大衆向けの音楽ばかりだったはず。そんな状況に嘆きを訴えるために登場するのが『パンク・ロック』という音楽になる。本来のロックはこんなモノでは無い、コレが真の意味でロックミュージックの真髄なのだと訴えるために登場したと見るべきなのかもしれない。

一時はリバイバルするも、直ぐにブームは終焉する

退廃の一途を見せ始めるロックだったが、1970年代半ばにて『セックス・ピストルズ』というロックバンドが登場することで、それまで大衆性ばかりを気にしたロックミュージックでは無い、原点怪奇のロックンロールを演奏し始めた。そのころになると社会的に再度不安定な状況に追い込まれ、若者達が苦しい経済状況で息苦しい生活を余儀なくされていた。そこがある意味ねらい目だったのかもしれない、社会に対しての反抗的な意志を明確に示し、過激なメッセージ性を持たせることで現在の社会でどれだけの人間が理不尽な状況に追い込まれているのか、社会運動の象徴としたロックソングを数多く生み出していくこととなる。

その流れから彼らが若者達から絶大な人気を獲得するまでに時間を要することはなかったが、その人気はあくまで『若者』にしか心を打つサウンドでしかなかった。本来なら元祖ロックンロールとして多くのアメリカ人に親しまれていいはずだったが、そのメッセージに答える人は少なく、やがて若者世代だけでブームを支えきれなかったこと、またセックス・ピストルズが解散したことなどを受けて、この時期に登場したパンク・ロックというミュージックシーンな呆気ないほどにその流行は終焉してしまう。原因こそ定かでは無いが、やはり時代と自分達のおかれている状況に関して、自分が不利益なことになっては意味がないという、そんな心うちがあったのかもしれない。今となってはその当時の人々がどのように感じていたかは分からないが、いまだ世界的に問題が引き起こされている中で、自分の暮らしが脅かされる状況になるのだけは避けたいと考えていた人は多かったと見て取れる。