現代期のロック

現代期のロック

ロックとヒップホップとの融合

1980年代という別の意味で激動だった時代を乗り越え、筆者もこの頃にはそれなりに物心がつき始めた1990年代以降へと突入する。日本はこの頃より悪い意味で転換期だった時期でもあり、現在まで続く二分された社会の構築と冷め切った社会情勢という状況に苛まれている。景気がいいなどというのも、とりわけ経済を牛耳っている一部の人間だけであり、それ以外の人々に恩恵が届くこともなく、社会は当然のように弱者を切り捨てている時代だ。厳しい言い方をするならばそうだ、今の日本ということでもないが国はますます弱い人を当然のように切り捨てる方向へと動くようになった。悪いことでは無いが、問題なのはそれに抗う術もないまま蹂躙されてしまう人がいるという現状になっている。

そんな日本に対して嘆きを訴えている若者は決して少なくない、ただそうした活動を積極的に表に出して伝えようとする人間は多くない。不満を持ちながら現状に甘んじている、ただやり場のない怒りを発散するためにはどうしたらいいのかと、思いの丈をぶちまけようとするために若者は音楽へとその感受性を研ぎ澄ませようとする。その中にはロックをこよなく愛する人も大勢出てくる、日本でも1990年代中頃から社会的知名度を誇るロックバンドも何組か登場するなど、丁度その頃は日本でも音楽ブームの全盛期といえる時代だった。

しかし、ロックとよばれた反社会的思想を前面に押し出した楽曲は表に出る事はなく、あくまでアングラな物として扱われていた。日本でのロックはそうした思想を富んだ楽曲を聴くならばそれなりに探さなければならない、メディアで取り上げられる事はほとんどないため耳にしたこともないという人がいてもおかしくはない。

デモクラシーとしても利用されていたロックはこの頃には完全に商業分野として莫大な富をもたらす道具として扱われており、それは日本だけでなく、世界的にもそうだった。ただ大衆性を帯びてしまったロックも、その影では先ほど簡単に取り上げたがアングラで反社会を宣言するような楽曲も存在していた。


ロックとヒップホップの融合

80年代からロック文化にあたらなヘヴィメタルというジャンルの音楽が誕生したが、そうした流れとは別系統でロックに新たな音楽ジャンルが90年代を全盛期として隆盛を迎えている。それは『ロックとヒップホップが融合した音楽文化』の誕生だ。この2つが融合したというのはとても興味深いところだ、理由には後者、ヒップホップという音楽もまた反社会的な思想を帯びている音楽だからだ。ヒップホップは元々アメリカにおいて、裏社会で活動する青少年達が自分たちの主張を通すために用いられた行動を基礎とした文化であり、その一つにラップ音楽が主流となっている。

どちらかといえばヒップホップという文化はギャングなどは絡んでくるため、ロックとは違ってかなりきな臭い感じの状況が感じられてくるが、それでもどちらも社会への鬱屈とした感情を吐き出すために用いられる道具としては、この上ないこと。だからこそロックという社会への不満をぶちまけるために用いられた音楽との融合は必然、とでも言うべきものだったのかもしれない。そうこうしている内に双方は出会い、そしてあらたな音楽ジャンルを作り出すことに成功したといえるが、それでもやはり目立ち始めれば本来の性質とは異なる進化を遂げることとなる。

ここでも大衆文化というメスが容赦なくその刃を突き立て、文化としてはいい意味でも、悪い意味でも、独立としていながら同一の進化を遂げることに成功した状態だ。かなり稀有なことだと分析して問題ない、そしてこの上なくロック文化と呼ばれた文化の形はその原形を留めないまでに改変されてしまったと、そう見た方がいいのかもしれない。

2000年代に入るころには

90年代を超えて、誰もが進歩した世界が待っていると期待されていた21世紀に突入したが、何も変わっていないという現状にガッカリした人も多くない中で、ロックという文化は既に大衆音楽という性質に侵食されつくされていた。それこそ日本で展開されるロック文化は反社会といった言葉とは無縁の音楽を歌い続けるバンドや、それっぽい音楽を歌唱する俄かという、少々口汚いがそう呼ぶしかないアーティストまで登場している。知らないところ、インディーズではロックの真髄を展開している歌手がいるかもしれないが、表立った舞台へとその道を見出すバンドはやはり多くは無い、また多くの人々が好みとして飛びつくのは、誰もが好意を寄せることが出来る音楽性に飛びついていた。

昔を知る、またはかつてその名をロックという文化に身を投じていた人々からすれば、やりきれない感情に苛まれていると、そんな状況なのかもしれない。


2000年代の出来事

音楽業界としてもはやロックと呼ばれた文化はかつての栄光を失っているといってもいい、ただそうした状況下でもまだ平和的なのは日本だからこそなのかもしれない。どういうことか、それは21世紀と呼ばれる新世紀を迎えても、日本よりも世界各国の状況は決して安定していなかったからだ。特に中東は、2003年に開催されたイラク戦争というアメリカの中東テロ組織への報復も兼ねた攻撃姿勢、さしずめキリスト教とイスラム教の対立図式ともいえなくもない状況だ。アメリカはテロ行為によって経済に関して重要なビルを失うことで大きな経済的損失を受けることとなったが、そうした流れとは別の意味でヨーロッパ、この頃にはEUとして連合体制を敷くことになったが状況は芳しくなかった。

若者を中心とした失業率の増大、経済の緊縮化も影響して、ギリシャの財政破綻とIMFによる金融介入、見るからにとんでもない状況なのは言及することもなくその通りだ。日本の若者と、世界各国の若者を比べればどちらも社会に対して反発心は抱いているが、大きさとその怨恨の深さは比べられないだろう。またそれらを発散するために用いるためにロックという音楽の原点を用いている音楽家たちも数多く存在している。文化の発祥であり、繁栄を極めたアメリカとイギリスにおいてだけはどんなに時代が経過してもロック文化がその全てを喪失することは無いままとなっている。

今後も社会状況によってロック文化を糧として若者が叛逆をするために活動する手立てとするかもしれない、ただそれもまた人の為せる業であり、宿命なのかもしれない。音楽として生まれたロックは人間としてあるべき姿を取り戻すための警鐘活動というべきものなのかもしれない。